2016年05月16日

七福神

昨日で、千葉県佐倉の七福神めぐりを一応終わったわけですが、実をいうと、私は七福神とは何か、よく知らないのです。

それで、主にインターネットでですが、簡単に七福神とは何か調べてみました。

七福神は、仏教とともに日本に入ってきた、インドの神様達ではないかぐらいに単純に考えていたのですけれども、その思い込みは、あまり正しくなかったようです。

まず、七福神の七柱の神様の名前を以下に記します。

大黒天

毘沙門天

弁財天

恵比寿

布袋

福禄寿

寿老人


たしかに、最初の三柱の神様は、元来は、インドのヒンドゥー教の神様達でした。

恵比寿様だけは、もともとから、日本の神様だということです。

唯一、布袋様だけは実在した人物で、中国の唐代の仏教の僧侶だったらしいです。

福禄寿寿老人は道教と関係があるらしく、南極老人のことだそうです。

南極老人というと、竜骨座のカノープスで、中国や日本からでは、地平線近くにあるので、あまりよく見ることはできません。

でも、実際には、りゅうこつ座のカノープスは、おおいぬ座のシリウスについで二番目に明るい恒星で、熱帯では、南十字星がすぐに見つからないときは、この星がかなり明るいので、カノープスから左の方を見ていけば、南十字星を見つけることができます。

カノープスこと南極老人星は、熱帯のように緯度が低くない中国では、そう簡単に見ることはできないので、一目でも見ることができれば、元気に長生きできるといわれているそうです。


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2016年05月15日

大和田山大聖寺

千葉県佐倉の七福神めぐりの最後は大和田山大聖寺です。

前回の麻賀多神社から南へ、佐倉武家屋敷のほうへ向います。

当時佐倉にあった、歩兵第二連隊の連隊長として1880(明治13)年から1885(明治18)年まで佐倉に居住し、その後、満州軍総参謀長として日露戦争の采配をふるった、児玉源太郎旧宅跡の前を通り、武家屋敷を過ぎるあたりに大聖寺があります。

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児玉源太郎旧宅跡

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佐倉武家屋敷の一角

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真言宗豊山派の大和田山大聖寺は鎌倉時代の開山だということで、その頃から今の場所にあったのか、他から移って来たとすれば、いつ頃だったのかについてはわかりませんでした。

大聖寺の本尊は、佐倉市指定有形文化財の木像の金剛界大日如来坐像で、本堂に安置されています。

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大聖寺の境内です。

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境内にあったお地蔵様

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こちらが、佐倉七福神の一つ、大聖寺の布袋尊です。

大聖寺には、七福神がもう一つ、大黒天がありますけれど、そちらは秘仏のために公開されていません

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大聖寺を後にし、佐倉武家屋敷の西側にある、ひよどり坂を下って、これで佐倉七福神めぐりを終わったのでした。


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2016年05月14日

佐倉麻賀多神社

佐倉七福神めぐりを少し中断していましたが、再開することにします。
五箇所を訪ねたので、あと二箇所です。

今回は、旧佐倉城の大手門跡の近くにある、千葉県佐倉市鏑木町の麻賀多神社です

麻賀多神社は、日本全国の中でも、印旛沼の東から南にかけてのみ存在する神社で、全部で18社、あるいは24社あるといわれています。

平安時代、927(延長5)年の延喜式にも、麻賀多神社の社名が記載されているそうです。

今回、訪れた佐倉鏑木町の麻賀多神社は、江戸時代初期に土井利勝が佐倉城を築いてからは、佐倉藩の総鎮守となり、歴代藩主や藩士から、城地鎮護の神として崇敬されました。

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現在の社殿は、1843(天保14)年、後に老中首座としてハリスと日米通商交渉にあたった、佐倉藩主、堀田正睦が建て替えたものです。

麻賀多神社の祭神は稚産霊命で、『古事記』(『日本書紀』では稚産霊、『古事記』では和久産巣日神と表記)によると、伊邪那美命が火の神、火之迦具土神を産んだ際に火傷をして病に伏せ際に、その尿から生まれたのが稚産霊となっています。

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さて、この麻賀多神社にある七福神の一つが恵比寿です

恵比寿神は、大国主命とともに国造りをした少彦名命であるともいわれ、少彦名は医薬の神ともされているので、麻賀多神社の恵比寿様のところでは、疱瘡神社とも記されています。

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麻賀多神社にある、もう一つの七福神が福禄寿です

麻賀多神社の福禄寿のところには三峰神社と記載されていますが、福禄寿と三峰神社を関連付けている寺社は各地にあるようです。

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樹齢、推定800年の麻賀多神社境内の大銀杏です。

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また、麻賀多神社には、日露戦争の戦没者、289人を弔った忠勇之碑(明治39年建立)や、西南戦争や日清戦争の戦没者、17人を弔う義烈之碑等の記念碑もあります。


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